2007(平成19)年度手話通訳者全国統一試験「手話の要約試験 解答例」

2007(平成19)年度手話通訳者全国統一試験「手話の要約試験 解答例」

(1) 今から16年前の1991年アジアろうあ者会議が日本で初めて開催されたとし、青年部中央委員会で青年部長を選出する会議があり、私が部長を務めることを決意した。全青研は毎年11月に開催され、1991年は広島で開かれ参加者500名45都道府県からの参加で分科会では愛、教育、労働、法律について討論された。部長として中央委員の中で三つの方針を打ち出した。①47都道府県より全て参加②地方の活動者を増やす③交流を深める。翌年の宮城開催では47地域より参加あり嬉しく思う。その翌年の福井開催では450名参加、再び47地域の参加を得た。方針で出した①と③は達成できたが、②地域の活動者の数は伸び悩んでいる。この課題は次の青年部長へ引き継いでいきたいと考えている。

(2) 私は1991年に青年研究討論会が開かれた時に、会長に任命された。毎年11月に開催される会議だが、広島の会議では、45都道府県から500人の参加があったが、次回の会議に向けて、3つの指示を出した。1つは47都道府県からの参加。地域の青年部活動仲間を増やす、交流を深めるということである。次の宮城県で開催された会議では、47都道府県の全てから参加があったが、1人しか参加しない県があったのが残念だ。翌年の福井県では950人が参加し、2年続けて47都道府県から参加があり、参加人数も増えてうれしかつた。しかし、3つの指示の中で、地域の青年部の活動仲間を増やすという目標が達せられず、次の会長が目標達成を目指すことになった。

(3) 16年前1991年世界ろう者会議のあった年に、私は思い切って青年部長を引き受けた。同年11月広島で全国ろうあ青年研究討論集会が開かれ、45都道府県500人の参加があり、労働、教育、法律等討論した。残念なことは2県の不参加だった。その後話し合い、①47都道府県の参加達成②地域の青年部活動の拡大③全国の会員の交流を深める、という目標を掲げた。翌年宮城の集会では47都道府県500人の参加がありうれしかった。だが出席者が1人だけのところもあり残念だ。次の年は福井でこれも47都道府県の参加、2年続いてうれしい。目標の①と③は達成したが②はまだだ。次を担う人たちに目標達成される事を引き継いでもらいたいと思う。

(4) 16年前の青年部の会議で私は青年部長に選ばれた。青年部の最大行事は全国ろうあ青年研究集会である。労働や法律、教育等について意見交換する。その年は広島で開かれ、45都道府県より500名の参加があった。2県参加が無く残念だった。私は47全県よりの参加と地域の青年部の拡大、交流を深めることの3つ目標をたてた。翌年宮城での開催では47都道府県より500人の参加があり、さらにその翌年福井での開催では47都道府県より450人の参加であった。2年続けて全都道府県よりの参加がありとても嬉しかったが、2つ目の目標の地域青年部の活動拡大は、以前のままで残念である。次の青年部長にこの課題は任せたい。

(5) 16年前、アジアで初めて是かいろうあ者会議があった年、全国ろうあ者青年部会議があった。話し合いの結果私が部長になつた。青年部の一大行事として毎年11月に青年部会議がある。広島で行われた時は500人、45県が参加し、教育、労働、法律等を話し合った。2県参加できず、①全県参加、②地域の青年部の仲間を増やす、③交流を深める、と3つの目標を決めた。次の宮城県では500人、47県が参加し、嬉しかった。だが、1県1人だけの参加で、仲間を増やしたいと思った。その次の福井県の時は450人、2年連続で全47県からの参加があった。課題の①③は達成できたが、②はできなかった。地域の青年部の仲間を増やすという課題は新しい部長にたくした。

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